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Author:ひろ
「ぼくたちは移行期の地球をサポートするために生まれてきた」(彩雲出版)の著者

神奈川在住 二児の母 出産時に幽体離脱体験を経験。目に見えない世界が存在することを受け入れた時から不思議な体験が始まり、目に見えない世界の探求を始める。

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初めての体験

 4年後私は母になった。
 (子どもが子どもを産んで育てられるんだろうか?)そんな不安を抱えながら子育てが始まった。出産の時は実家に帰るという友達が多い中、わたしにその選択肢はなかった。何とか母に頼んで、退院後1週間だけ来てもらった時はすごく助かったし、ありがたいと思ったけれど、母としてはこれで十分でしょ?という感じだった。親に甘えたり頼れない淋しさ。でもそれこそが私にとって最適な家庭環境だったんだと知るにはまだ少し先のこと。

 そして2年半後、私は二人目を出産した。
 お兄ちゃんを産んだ近所にある大学病院。その病院は当時としては珍しい麻酔分娩だった。
 全身麻酔の注射を打たれ、看護師さんが数を数え始めた。
 突然、「ガガガーッ」というラジオの周波数を合わせるような音が耳をつんざいた。
 次の瞬間、私は日が暮れる前の物寂しい雰囲気が漂う公園にいた。(あれ?私ここ知ってる)どうしてそう思うのか自分でもわからなかった。
(お兄ちゃんが生まれた時に見た?それとも私が生まれた時に来た?)記憶はないのに、そこは確かによく知っている場所だった。

 すべり台が見えた。見ていると、上の丸い穴から二人の赤ちゃんが次々に出てきて、左右に分かれたすべり台から一人ずつ泣きながらすべり下りてきた。
 二人とも女の子だとわかった。なぜか向かって左側からすべり下りてきた子が自分の子なのだとわかった。
 (とうとうあなたもこっちにやってきたのね。向こうにいたままでもよかったのに。こんな大変な世界にわざわざ降りてきちゃったのね)
 
 私の意識は分娩室に戻った。「女の子ですね」という看護師さんの声が聞こえた。カチャカチャと処置している器具の音が聞こえる。
 (もう麻酔が切れてる?)でも体の感覚はまだ戻っていない。(全身麻酔ってみんなこうなんだろうか?)聴覚だけが戻っていた。

 処置が終わるとストレッチャーに乗せられて私は分娩室の外に出された。その日は私のほかにも出産する予定の妊婦さんたちが何人かいたのだ。ストレッチャーで運ばれる途中、看護師さんが耳元で私の名前を何度も呼びながら「聞こえますか?」と声をかけてくる。そんなに大きな声で言わなくても聞こえているのに、と思うものの体の感覚はまだなく、目も開けられない。

 看護師さんが行ってしまい、私はストレッチャーに乗せられたまま、ぼんやりと天井を見つめていた。(昔両親がやっていた喫茶店の天井の模様と同じだ。なつかしい、、、あれ?私まだ目を閉じたままなのに天井が見えてる?)
 そう思った次の瞬間、私の意識がひょいっと体の上の方に抜けてしまった。(え?私死んじゃったの?)一瞬、自分がたった今死んでしまったのかと思った。
 (いや、そんなはずない。私は何の問題もなく女の子を産んだんだから)私はそう自分に言い聞かせた。それに、こうしていろんなことを考えたり感じたりできてるんだから、死んでしまったはずはない。
 だけど私の視点は確かに体の少し上の方にあった。天井との距離が近くなっている。
 (それにしてもなんて気持ちいいんだろう)私は今まで感じたことのない種類のやさしくてあたたかなエネルギーに包まれていた。
 (このまま向こうに帰れなくてもいいかなあ)思わず私は心の中でつぶやいた。
 (でも、、、)何かが私の気持ちを引き留めた。(そうだ、私女の子を産んだんだ。私がいなかったら誰があの子を育てるっていうの?今死ぬわけにはいかない)
 そう思ったら初めてあわてた。(戻らなくちゃ!でもどうやって?)形のないものを肉体という物質の中にいったいどうやって戻したらいいのか見当もつかなかった。でもとにかく戻らなくちゃと無我夢中で体の中に戻れるようにあれこれやってみた。
 体の中に入るイメージを作ったり、浮いている自分を体の中に押し込むイメージを作ったり。
 時間にしたらほんの数分の出来事だったかもしれない。そうしているうちに、何がうまくいったのかわからなかったけど、意識がスーッと体の中に戻った。
 そのとたん、私は真逆の二つの思いに襲われた。戻って来られたという安堵の思い。それ以上に強烈だったのは、またこの窮屈で重たい体の中に閉じ込められてしまったというものすごい拒否反応だった。
 この世界はよく知っている慣れ親しんだ場所ではあるけど、ここにいる限り本当の自分ではいられない、そんな理解に苦しむ強烈な不快感に私は圧倒されていた。

 歩けるようになって、私は新生児室に我が子を見に行った。あの時すべり下りてきたもう一人の赤ちゃんがそこにいた。我が子の隣にいた女の子のプレートに書かれた出生時間は一分違い。(やっぱりあれは夢じゃなかったんだ)

 (それにしても、、、待望の女の子が生まれたっていうのに、私はどうしてあの時、あんな風に思ったんだろう?赤ちゃんが無事この世に生まれるということは祝福されるべき喜ばしいことのはずなのに)
 あの公園にいた時、私はこちらの世界ともう一つの世界が同時に存在していることを当たり前のように知っていた。
 夢じゃないという確信はあった。でもそれを証明することはできないということもわかっていた。
 誰かに聞いてほしいと思いながらも、一方ではこんなこと誰も信じるはずがない、きっとただの夢を見たのだろうと結論づけられるだけだと思い、私はしばらく誰にも話さなかった。

 「人は死んでもそれで終わりじゃない」 
 誰かに信じてもらう必要はなかった。だって、、、私は体験したんだから。
















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テーマ : 伝えたいこと・残しておきたいこと - ジャンル : 日記

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