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ひろ

Author:ひろ
「ぼくたちは移行期の地球をサポートするために生まれてきた」(彩雲出版)の著者

神奈川在住 二児の母 出産時に幽体離脱体験を経験。目に見えない世界が存在することを受け入れた時から不思議な体験が始まり、目に見えない世界の探求を始める。

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私の寿命

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 3週間あちこち回って撮ったオーストラリアの写真。帰国してパソコンに取り込んでいた時に見つけた1枚の写真。
 それはシドニー経由でエアーズロック空港に向かうためにゴールドコースト空港で撮った写真だった。
 楽しかったゴールドコーストともお別れかぁと思い、娘に「写真撮ってよ」と頼んで、娘がゴールドコーストの空を撮ったものだった。

 (んん?何これ?)雲の中に白いものが写っていた。アップしてみると楕円形の白い光が写っている。飛行機ではない。
 単純な私は(あぁ、ずっと見守ってくれてたんだぁ)と大騒ぎ。(^^)
 オーストラリアの旅はお天気にも恵まれ、本当に幸せな旅だったことを思い出し、目に見えないサポーターたちに心から感謝の気持ちでいっぱいになった。
 帰国してこれを見つけたら大騒ぎするだろう私のことをみんな面白がってるかも~と想像して。
 

 もう10年ほど前のこと。
 その時の日記を何度も読み返しているので覚えている。
 ひと眠りしたあとにそれは起こった。布団にいる肉体の自分を感じながら、私はもう一つの繊細なエネルギー体を同時に感じてもいた。彼は私の後頭部のあたりをベリッとはがして、何をしているのかを丁寧に説明してくれていた。でも私はろくに説明を聞かずに(なんだ、これで何かの能力が開花するわけじゃないのか)と思っていた。目を開けてからぼんやりと思い出したのは私の感情を観察する何かを入れた、みたいなことだった。こわくはなかった。むしろ、(そうか、何があってもみんないつも見守ってくれてるんだ)と思うと幸せな気持ちだった。

 感情的にものすごく不安になったり、この世への強烈な拒否反応を起こしてどうしようもない日が続いたりすると、いつも夢の中で何かが起こるようになった。目が覚めると不思議なほど幸せな気持ちでいっぱいになっていることがよくあったっけ。何かが起こったのは確かだけど、なぜか何も思い出せないことも多かった。
 そんな時は(きっとみんながサポートしてくれたんだな)と思うようになっていた。
 今はもうそれほど落ち込むことも不安にさいなまれることもなくなったから身近に存在たちを感じることはないけれど、ひとりぼっちじゃないという感覚はもうしみついている。

 だから今回の未確認の白光は何よりうれしかった。
(もうそろそろかな)と思うとワクワクしてくる。何が?笑

 私は長生きすることに全く関心がない。たぶん十代の頃から。もちろん最期の瞬間まで健康でいたいという気持ちはあるけれど、できれば早いうちに、とどうしても思ってしまう。
 これは長生きしたいと思う人たちと同じく、制限された人間意識特有の感情であることも知っている。(長生きだけはしたくない)なんて特定の結果に対する過剰な期待だから。

 いったい私は何歳に寿命を設定してきたんだろう?もう半世紀が過ぎた。

 本当に最高に恵まれた幸せな人生。

 光と闇を充分に体験できたし、善悪の判断を超えたものの見方を身につけることもできた。どんな体験からも学ぶことができることも知った。何より自分が何者であるか、そして他の人たちが何者であるかも知ることができた。こんな幸せな人生があるだろうか。

 私たちはみな絶対的な愛の領域の中で生かされている光のかけらたち

 
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ウルルから見上げた宇宙

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 オーストラリアにいた娘のおかげで、一度行ってみたかったウルルに行くことができた。明るいイメージしかなかったオーストラリア。でもその歴史を調べてみると、アボリジニの人たちがどれほど苦難に満ちた体験を強いられていたかを知ることとなった。
 アボリジニの人たちにとって聖なる場所であるウルル。登ってほしくないという気持ちが書かれた看板を見たら到底そんな気にはならなかった。 
 ウルルの壁画は子供たちが授業を受けていた時代に描かれたものだった。

 ウルルの麓やカタジュタを散策しながら、私はアボリジニの人たちがこの広大な乾いた大地を歩いて移動しながら平和に暮らしていた時代を想像していた。
 内なる直感に従ってどこに移動すればいいかを知っていたであろう長(おさ)。日の出と共に起き、夜には満天の星空の下で古くから伝わる物語に目を輝かせながら耳を傾けていただろう子どもたち。大地には境界線などなく、自然や大地から与えられたものはみんなで分かち合うことが当たり前だと知っていた人々。
 どんな思いを抱きながらこの道を歩いていたんだろう?と。
 
 それがある日突然、白い人たちがやってきて「ここは自分たちの土地だ」と主張し、迫害され続けたアボリジニの人たち。
 同じ源から創造されたはずの兄弟たちの残酷な行為をアボリジニの人たちはどんな思いで受けていたのか?

 ウルルの夜は真っ暗闇で、空を見上げると満天の星空の中に天の川が見えた。
 遠い宇宙から誰かが地球を眺めていたらいったいどんな風に見えるだろう?私たちもみなこの世に生まれる前にはじっくり地球を観察していたはず。
 「大変そうだけど、なかなか貴重な体験ができそうだ」まさかこんなにも長く地球人として輪廻を繰り返すことになるとは思ってもいなかったりして~
 地球で繰り返される過酷な体験に翻弄される人々の感情。それらは強烈で、私もその場でグーッと引き込まれそうになって何ともせつなくなった。
 でもきっと私も加害者になったり被害者になったりしながら長い時間を地球で生きてきたのだ。両方の体験をうんざりするほど繰り返してきたからこそ「もうそれぞれの体験は充分」と感じるのだと思う。

 みんなが豊かさを享受でき、誰もが幸せを感じながら生きられる世界があることを私は知っている。
 暗いニュースや先行き不安な社会を眺めるたびに「ここはそういう世界に進むための学びの場所なんだ」と自分に言い聞かせている。
 争いが絶えないこの世界にいながら本当の自分を見失わず、誰もが同じ源から創造された愛すべき兄弟であることを忘れずに愛を放ち続けることができるようになりたい~そのために私はここにいる。

 たとえ多くの兄弟たちが内なる自己と向き合う選択をしないとしても個の私は最期の瞬間まで愛を放ち続けられる者でいますように。

両極の自分



 目に見える世界が全てだと思って生きていた頃の私はいいことは続かないといつもおびえていた。得体の知れない不安がいつもつきまとっていた。どんなに楽しい時間を過ごしていてもそれは一瞬の花火のような幸せでしかないように感じていた気がする。
 愛する人と結婚して幸せな毎日を過ごしていても突然ものすごい不安に襲われていたっけ。(この人がいなくなったら私は生きていけない。もしそうなったらどうしよう?)

 あれから30年。(きみまろかよ!)
 人生の質と方向は180度変わった。何か思いもよらない出来事が起こったり困ったことが起こると私はいつも自分に問いかけるようになった。「これは今の私にどんな意味またはメッセージなのだろうか?」と。
 そしてその件に関わっている全ての人にとってよかったと思えるベストな結果になりますようにと祈ってから物事に対処するようになった。
 (制限された人間意識から見れば)本当に不思議なほど、全てが良い方向に向かうようになった。
 それはいつも自分の思い通りの結果というわけではない。でも今ならわかる。どんな結果も受け入れる自分になれるまで私は繰り返し体験する必要があったのだと。しかもどんな結果になっても私(個)は「ありがとうございました」と心から思えるようになった。

 人生にはいいことと悪いことがあるわけではなく、全てがその時の自分にとって成長できるチャンスなのだという思考回路に変わってしまったのだ。何て幸せなことだろう。

 困ったことが起こったり、プレッシャーを感じて不安になることは今でもある。でもそんなときは(みんな幸せでいて)と心の中で繰り返し唱える。それは自然発生的に自分の中で起こったことだった。一人でも多くの誰かが本当の自己とつながって幸せでいてくれればその影響は計り知れないことを知っているからかもしれないし、誰かの幸せを願う気持ちが自分に力を与えてくれると(潜在的に)感じているからかもしれない。

 今までの人生で出会った人たちの中で感情的にあまり好きになれなかったり、いやな思い出がある人たち。その人たちの幸せを心から願う気持ちがどれほど自分を幸せにしてくれるかを私は知った。だって彼ら彼女たちもまたかつての自分と同じように自分が何者であるかを知らないだけの愛すべき光の子らなのだ。本当の自分のルーツを思い出すことができれば、誰もが愛を放つ存在になることを私は知っている。
 そのことを教えてくれたのは拡大した視点を持つ内なる自己であり、この地球に住む全ての存在たち。感謝!~ありがとう~

遠い故郷の記憶

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それは「記憶」だった。
 夢の中で薄いベールをくぐり抜けると目の前に海が見えた。その瞬間、「あーそうだった。私はここで生まれたんだった。なんでこんな大切なこと忘れてたんだろう!」そう心の中で叫んだ。涙を流す肉体がない自分を感じながら私は心の中で号泣した。
 圧倒的な愛のエネルギーだった。無条件の愛、究極の母性エネルギー。
 「私には本当のお母さんがいたんだった。忘れられるはずなかったのに」それは本当に「思い出した」という感覚だった。

 地上にいる自分の映像が見えた。
 「向こうでやることをやればまたここに戻ってこれるんだ」これから子供たちを連れて田舎暮らしを始める直前のことだった。もうずいぶん昔のことではあるけれど、どこまでも深い母性愛と呼べるあの圧倒的な愛のエネルギーを決して忘れることはできない。

 あの無条件の愛をこの世界で放てるようになりたい、そのために今自分はここに生かされているんだと思った。でも何年もその思いは「自己嫌悪」という重苦しい感情エネルギーを膨らませるだけで、思うような自分にはなれずに私はいつも葛藤していた。ついつい感情的に反応してしまう自分を私はいつも責めた。思春期の子の反抗的な態度をどうしてもっと寛大な気持ちで受け止めてあげられないのか。
 こう思ってはいけない、こんな風に感じてはいけない。頭ではわかっていても理想の自分にはなかなかなれずに落ち込んでいたっけ。ヽ( ´_`)丿

 あの頃の自分を思い出すとただただ愛おしい。

 必死に頑張っていたあの頃の自分をそっと抱きしめてあげよう。

 ~大丈夫。いつか笑ってあんなこともあったねって自分をやさしく抱きしめてあげられる日が来るから~

 無条件の愛を放つ母なる存在は個の私たちを裁くことはない。いつか我が子(個)は本当の自己に気づく日がくることを知っているから。

 私たち(人間)は誰もが無条件の愛を放つ領域から生まれた光の子たち

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