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ひろ

Author:ひろ
「ぼくたちは移行期の地球をサポートするために生まれてきた」(彩雲出版)の著者

神奈川在住 二児の母 出産時に幽体離脱体験を経験。目に見えない世界が存在することを受け入れた時から不思議な体験が始まり、目に見えない世界の探求を始める。

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宇宙から見た地球

 本の表紙を決める時、出版社は私の意向を汲んで宇宙から見た地球の写真を選んでくれた。
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 母子で山村留学をしていた山梨での体験~
 子供たちを自然豊かな場所で育てたくて、私は子供たちと3人で7年半小さな山村で暮らしていた。その間主人は毎週末神奈川から通い続けてくれた。本当に頭が下がる思いだった。
 小中学校合わせて全校生徒30人ほどの小さくてアットホームな学校だった。そんな環境で育ったせいか、子供たちは2人とも町の生活より田舎の方がいいと今でも言っている。町の生活を経験しているからか都会への憧れは全くないらしい。

 話がそれた、、、
 その頃が一番霊的な体験が多かった。夜中に目が覚めて時計を見るとなぜかいつも3時ちょうどとか3時15分とかきっちりした時間だった。そして布団の中でゆっくり深い呼吸を繰り返していると全身に微弱な電流が流れ始める。何かが起きる前兆だった。
 その時も同じような状況だったと思う。スーッと意識が体の上の方に抜けたと思った次の瞬間、目の前に見知らぬ女性が立っていた。「あなたは私?」と聞いてみた。「いいえ、あなた自身ではないわ。一部は共有しているけれど」と彼女は言った。
 本にはその時の体験を少し変えて書いてある。何せ主人公が「ぼく」だからそのままの体験を書くわけにはいかなくて。
 二度目にそこに行った時、彼女は少し驚いた表情で「よくまたこんな遠い星まで来れたわね」と言った。その時は布団の中にいる自分を認識しながら同時に彼女の世界にいる自分も感じていたから、ここは多次元世界のどこかなんだろうか?とも思った。地球と同じような物質的次元には感じなかったから。でも彼女にそっと触れた時、きっと指は彼女の体をすり抜けるだろうと思ったのにすり抜けなかった。(だけどきっとすり抜けようと思えばすり抜けられるんだ)と思ったことを覚えている。
 彼女と個人的な話が終わった後、私ははるか彼方にあるであろう地球を思った。実際私の視点は宇宙空間にあって、地球があるはずの方向を眺めていた。
 その瞬間「あぁ、地球人になってよかった」と私は地球に生まれたことを心から誇りに思っていた。その気持ちはそれまで一度も感じたことのない強烈な思いだった。繊細な領域=愛の世界にいるのに、なぜかここにとどまっていたいとは全く思わなかったのだ。
 体の中で目を覚まして真っ先に思ったことは今でも忘れられない。
 私はこの制限だらけの地球に来たくて、思い通りにならない自分を体験したくて今ここにいるんだ。私は地球を愛してたんだ。強烈な感情を体験しながら本当の自分を思い出そうと必死になって、、、なんて愛しい、、、

 私がちっぽけで未熟な人間である自分を心から受け入れた瞬間だった。それからしばらく私はどこにいてもただただ泣けてきてしかたがなかった。車を運転している時が一番だった。たった一人になれる空間で私は思い切り泣くことで自分を解放させていった。

 宇宙に浮かぶ地球の写真は我が家のあちこちに置かれている。
 「地球人でいる自分」私はそのことを誇りに思えたあの瞬間を忘れないでいたいのだ。
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ゆとり世代

 我が家にも「ゆとり世代」と呼ばれる子供が二人いる。
 世間的には「ゆとり」と呼ばれる若者たちの評判はよくない。でも私は「さすが。今の子たちは違う」となぜか思ってしまう。

 お兄ちゃんは生後7か月で歩き始め、2歳の頃には自分が持っているおもちゃをお友達に「ハイ」とすぐに貸してあげるような子だった。そんなこと教えたわけでもないのに当たり前のようにそんな振る舞いをする我が子を見て私は思った。「この子は私が成長するようにと神様がつかわしてくれた子なんだ」と。
 もちろんその頃は神さまの存在を信じていたわけではない。でも心の中で私はいつもそうつぶやいていた。

 思春期の頃は自分がいるこの世界のありさまにうんざりして自分でもどうしていいかわからなくて反抗的にもなったと後年話してくれた。もし私があの頃そんな話を聞いていたらどうだったろう?あの頃は自分の感情エネルギーと向き合うので私自身精いっぱいだった。まさかそんな深いことを考えているとは思ってもいなかったから、大人になってその話を聞いた時はただただ泣けた。ごめんねという気持ちでいっぱいだった。

 娘の場合はこの世に降りてきたのを目撃したおかげで、「この子は天使の生まれ変わりなの?」という思いをいつも持ちながら子育てをしていた。そのせいか娘は小さい頃から「天使のような」癒しのエネルギーを放ちながら成長していった。

 もし私たち大人が生まれてくる子供たちを「人間体験をしにきたすばらしい光存在」として扱うなら、きっと私たちが忘れてしまった大切なことを彼らは教えてくれるはずなのだ。
 子供たちは決して未熟で何も知らない存在ではない。特に今の若い世代や子供たちは。
 そのことを伝えたくて私は本を書いた。「ぼく」が体験したことは私の実体験ではあるけれど、若い世代ほど共感してくれる気がするし、ちょっとしたきっかけで思い出せるんじゃないかと思って~本当の自分を。

 今ならはっきりこう言える。
 二人の子は私の目覚めを促すために生まれてきてくれたすばらしい光存在であり、チームメイトである、と。
 

内なる自己って?

 目に見えない世界が存在することを受け入れたとたん、待ってましたとばかりに不思議なことが起こり始めた。こうなったらいいのにと何気なく思っていたことが本当にそうなったり、これがほしいなと思ってたらそんなこと知らないはずの友人がそれを持ってきてくれたり~まるで目に見えない誰かが自分の思いを聞いていて、それを叶えてくれているようにさえ感じていた。
 「思いは叶う」ということを知ったのは20年ほど前だった。自分の中にそんな力があるなんて思いもしていなかったから初めは半信半疑だったけれど、どうやらそれは本当のことなのだと思うようになった。
 「人生を自分の思い通りに生きていける」そんな夢みたいな魔法の言葉に私は夢中になった。
 ほしいもの、やってみたいこと、なりたい自分をイメージしてノートに書きためていたこともある。

 今思えば、それもまた内なる自己の予定通りのプロセスというか、学びのひとつだったのだとわかるけれど、当時は自分の思いを実現させることが最優先の課題であり、同時にそうなれれば世界を救うことにもつながると思っていた。
 間違っていたとは思わない。目に見えない世界とつながり始めると、多くの個は自分の中にすばらしいパワーが備わっていたことに気づき始める。それを思う存分使ってみたいと思うのは自然なことなのだから。

 そのうち、叶うことと叶わないことが出てきた。自分が思い通りの結果に執着して苦しくなってしまっていることにも気づいた。
 「どうして?」そこでまた私は内なる自己に問いかけることとなった。

 初めの頃の体験はあくまで自分の中にはすばらしい創造力=パワーが備わっていることを知るための内なる自己からのプレゼントだったのだ。

 内なる自己って?

 本の中に書いた光存在との統合体験は私の実体験であり、あの瞬間に味わった至福の感覚はことばでは言い表せないほど強烈な体験だった。ただあの時は幽体離脱して光存在とひとつになったために、私は何年も個の自分とは別の存在に包まれたという認識でいた。
 でも今ならわかる。私たちは誰もが光存在であり、重い感情エネルギーを解放させれば光存在として人間体験をすることは可能なのだと。
 まあ、そうとわかっていても恐れや不安、執着を感じないでこの次元を生きていくのは簡単じゃない。だからこそやりがいがあるとも言えるけれど。
 当時の私は重苦しい感情エネルギーを内側にため込んでいたために、肉体の中に光存在を降ろすことができなかったのだ。だから幽体離脱という方法で、本当の自己を体感するしかなかったのだ。
 ある時期、目を閉じるとそこには無限に続く宇宙空間がいつも見えていた。内なる自己は私の中にあり、同時に宇宙そのものでもあるとわかる体験だった。

 宇宙意識の自己から見れば、人間体験をしているのは自己のほんの一部であり、直線的な時間もまたいつか終わりがくる幻想の世界。幻想の自分を生きていることを思い出すために私たちは今ここにいる。
 
 自分の思い通りの結果にならなかった時、大いなる自己は個の自分を試しているのだ。この世的な成功や富に執着しているかどうか、個の自分の思いだけにとらわれていないかどうか。
 全てはその時の個の自分にとってベストな結果なのだと私が心から受け入れるようになるまで。

 こんな愛の中で私たち(人間)は生かされている。


あの声は二十年後の自分だったのかもしれない

~中学二年生の頃の話~不思議な体験をするようになって思い出したこと~

 私はベッドの上にすわって心の中で叫んでいた。(死にたい。今すぐここから消えたい。もうここにはいたくない)私は真剣だった。
 そう叫んだあとに、ふとある思いが心の中をよぎった。(こんなに強く願ってるんだからもしかしたら誰かが返事をくれるんじゃないだろうか?こんな強い願いに誰か答えをくれるとしたら何て返してくるんだろう?)どうしてそんな風に思えたのかはわからない。私は神さまを信じていなかった。だけど自分はここに置き去りにされたままになっているだけで、私が助けを求めれば誰かが応えてくれる、そんな気がした。
 私は心の奥の方に意識を向けて、そこにいる誰かに向けて訴えた。(ここは本当に大変な所です。どうか今すぐここから助け出してください。誰か返事をください)
 私は心を真っ白にして答えを待った。(来ないわけがない)私は自分の内側から答えがやってくることをたぶん知っていた。すると内側の奥の方からささやくような女性の声が聞こえてきた。
 「もし二十年後、あぁ幸せだなあと思える自分になれていたとしたらどうする?そうなれる可能性がほんの1パーセントしかないとしても、その1パーセントにかけてみない?もし二十年後も今と同じ気持ちでいるなら、その時に消えればいい」
 私のことを誰よりも理解し、気にかけてくれているお姉さんのような感じがした。その時の私には幸せな自分を想像するなんて到底できなかったけれど、なぜかこう思った。(もし二十年後、万が一にも幸せだなあ私って思って生きているなら体験しないで終わらせるのはもったいない)
 私はその声に「わかった、あと二十年だけ生きてみる」と答えた。死んだらそれで終わりなら後悔することなんてないはずなのに、なぜか私は後悔だけはしたくないと強く思ったのだ。深い所では死んだら人生を振り返ることになると私は知っていたのかもしれない。
 とりあえずあと二十年生きてみる、そう宣言したことが私の中に大きな変化をもたらした。死にたいという気持ちを脇にどけて、生きてみることに決めたことで、たぶんある種の覚悟のようなものが芽生えたのかもしれない。それに、私を励ましてくれている誰かが私の中にいると思うだけでものすごい安心感が広がったのだ。
 私は死にたいという気持ちを封印し、親が喜ぶ高校に無事入学した。それでも心は相変わらずこの世界に対する拒否反応でいっぱいだった。表面的には何の悩みもないごく普通の女子高生を演じ続けた。友達もできたけれど心の内を明かすことはなかった。いつも天涯孤独の自分を感じていた。
 あの声は二十年後の私だったのかもしれないと今は思う。だってあれから二十年後、私は光の存在に包まれるという最高に幸せな体験をしたのだから。

 高校生になって、授業中ぼんやりしていると頭の中にある映像が入ってくるようになった。それはいつも同じ映像だった。足首まである黒っぽいドレスを着た女性が石畳の所に佇んで寂しそうな表情をしてこちらを向いている。「ギリシャ」という地名が頭に浮かぶ。(これは私だ。私はこの時も今みたいに苦しい思いをして生きてたんだ)その映像が見えるたびに不思議な気持ちになりながらも私は自分がこの女性であることを疑わなかった。(私ギリシャに住んでたんだ)もちろん当時は生まれ変わりという概念を聞いたこともなければそれについて深く考えたこともない。だけど「知っている」という奇妙な確信だけがあった。

 目に見えない世界に全く興味はなかったものの、私は思春期の頃からこういう体験をしていた。金縛りもよくあった。でも体の上に乗っかってくるのはいつも嫌な感じの存在だったから、解けるとすぐに忘れるようにしていた。誰かに話したこともなかった。これ以上やっかいなことに向き合うのは耐えられないと子供ながらに感じていたんだと思う。

 人は生まれてから死ぬまでに必ず困難や葛藤を経験する。早いうちにまとめて体験する人もいるし、社会に出てから体験する人もいるだろう。私の場合は人生の初めにまとめて体験した。あれくらい強烈じゃないと内側には向かわなかったのか?、、、たぶん。光の自己はそのことを知っていたのだろう。

 私たちは人間体験をしている素晴らしい愛そのものである光存在。だから私たち一人ひとりの中にはものすごいパワーが備わっている。パワーといっても自分さえよければいい、人より優れていたいという意識がある限り、その偉大な力を引き出すことはできないようになっているらしい。もちろん、この世的な成功や富を得るだけなら思いの力(パワー)で叶うことも可能だろうけれど、それは私を本当には幸せにしない。そのことに気づけたのは幸せなこと。
 反面教師としてそういう人生を見せてくれた方たちに心から感謝。私たちの周りにはたくさんの教師がいてくれる。
 

葛藤だらけの十代は最高のプレゼントだったと気づいた

 目に見えない世界に意識を向け始めた頃から私は自分の過去をいろいろと思い出すようになった。過去から現在、そして未来。制限された人間意識には直線的な時間領域で学ぶのが最適なのだと思う。制限された人間意識には「すべては今ここに同時に存在している」なんて言葉はピンとこない。より繊細な領域とつながって拡大した視点で「今ここ」を観察できるようになるまでは過去から学び、明るい未来を生きるために今の自分を観察していくしかない。
 全てがつながっていることを知るために、一歩ずつ、ゆっくりと時間をかけて学べる地球。頭で理解することから感覚的にはっきりとわかるようになるまで私たちは何度も何度も自分の人生からヒントをもらっている。

 私の人生の記憶を辿っていくと、一番古い記憶は亡くなったおじいちゃんのお葬式のシーンだった。昔住んでいた田舎の広い家の中。おじいちゃんの棺が置かれている部屋。黒い服を着た大人たちが家の中にたくさんいる。小さな私は悲しいとか寂しいという思いを感じていない。たぶん何が起こっているのか理解していないのだろう。小さな私は棺が置かれた部屋の前にすわって、誰かにもらった紙風船を手のひらの上でポーンポーンと飛ばして遊んでいる。誰も私にはかまっていない。不思議なことにその映像は小さな私の少し上の方から見える。天井より少し低い位置から私が幼い自分を眺めている、そんな感じだった。何年も経って、それは私が二歳の時のことだとわかった。私にはおじいちゃんと一緒に暮らしていた記憶が全くないし、おじいちゃんの顔は写真を見て知っているだけだった。
 中学生の頃の自分もたびたび思い出すようになっていた。思い出すのがつらくなるほど、思春期の頃の私は荒れていた。と言っても心の中が荒れ狂っていただけで、学校に行けばいつもにこにこして素直ないい子を演じていた。当時の私は悩み苦しんでいる自分の気持ちを絶対に友達や先生たちには知られたくなかった。
 おばあちゃんと両親の仲が悪く、家の中がいつもイライラした空気に包まれていることを私は心の底から恥じていた。家族なのにお互いを思いやる気持ちがない大人たちに私は心底嫌気がさしていたのだ。「仲良くしてよ」そのひと言がどうしても言えなかった。そのひと言が両親をひどく傷つけることになると私は知っていた。それ以上に母から嫌われるのを子供の私は恐れていた。
 その頃から私は自分が思っていること、特に言いにくいことは全部自分の内側に閉じ込めるようになっていた。(私さえ我慢していればいい)とはいえ両親に対してだけは反抗的な態度となって私の評価は下がりっぱなし。愛されたいと思いながら嫌われるような態度ばかり取って、私はますます孤立していった。
 その目を見るだけでどうしようもなく嫌悪感を感じてしまう担任の先生の存在も大きかった。先生はなぜかいつもイライラしていてヒステリックに生徒たちを怒った。この世には誰も私を理解してくれる人はいない。そう思うと、もうどうしていいかわからずに途方に暮れていたあの頃。(消えたい)私はいつの頃からか毎日そう心の中で叫ぶようになっていた。家と学校は私にとって世界の全てだったから。このまま生きていってもいいことなんて一つもないと思った。周りの友達は悩み事なんて一つもないように見えたし、自分は世界で一番不幸な子供なのだと本気で思っていた。
 子供の頃からずっと自分に自信が持てないまま生きてきた。いい子でいなければ認めてもらえない、親の思うような子供でいなければ愛してはもらえない。体が弱かった私は年中体の調子が悪く、風邪を引けば怒られた。両親からはいつも条件つきの愛情しか与えられなかった。
 今思えば両親はごく普通の善良な人たちだったのだけど、思春期の頃の私には嫌な所しか目に入らなかった。
 「お前の自信のなさにより、、、」あの声の意味を私はずっと自分に問いかけていた。私は自信のなさを克服するために今の両親の子として生まれたというのか?それとも?本当のところはわからない。でももし自信のなさを克服するために二人の子として生まれたのだとしたら、今の両親は私にとって最適な役回りを果たしてくれたことになる。

 両親も自分と同じようにこの三次元世界を学ぶために降りてきた魂たちなのだと今ならわかる。このことを知るまで私はいったいどれくらい長い間輪廻の輪の中で行ったり来たりを繰り返してきたのだろう。何百回?何千回?

 苦境に立たされると私たちの心は内側に向かいやすくなる。「なぜ?」「どうしてこんなことに?」でもだいたいは誰かのせいにしたままやり過ごしてしまう。私だってそうだった。たぶん過去の全ての人生において。だから今ここにいる。
 全ての出来事や出会いはその時の自分にとって必要なことであり、自分自身が引き寄せたことなのだとようやくこの人生で気づくことができた。そしてそのことに気づきさえすれば、物事は不思議なくらい楽でありがたい方向に向かっていくことも知った。しかもあんなにつらくて苦しかった十代は実はすばらしいプレゼントだったのだと思えるようにもなれた。こんな幸せな人生があるだろうか。今まで出会ってくれたすべての人たちに感謝!

 でも今の若い世代は私とは明らかに何かが違う。ゆとり世代とか悟り世代とか言われ、人と競争することや物欲が極端に少ないとも言われている。地球のエネルギーを加速させるために進化した星から地球に生まれ変わってきているという話は本当だと思う。彼らは感情的なカルマを作らないようにあえて結婚をしない選択をしているんじゃないかと思えて仕方がない。もちろんはっきりとそう自覚しているわけではないだろうけれど。このミッションが終われば、彼らはまた光の領域に帰っていくつもりなのだ、きっと。
 繊細すぎる故に内側にこもってしまって、この世界特有の楽しさやすばらしさに気づけないで苦しんでいる魂たちはたくさんいるような気がする。

 そっと抱きしめてあげたい ~ 一緒に泣いてあげたい ~ そして地球に生まれてよかったねと共に笑い合いたい ~

誰もが永遠の愛の中で生きている

 世界で何が起きているかを知るために、私はマザーテレサの活動やストリートチルドレン、難民をリポートした本を図書館から借りてよく読んでいた。
 ~1996年5月~
 幼い子供たちは私の両隣で眠っている。静かな夜だった。
 今こうしてあたたかいふとんで気持ちよく眠れる幸せ。明日の食糧を心配することなくゆっくり夜を過ごせる毎日。当たり前だと思っていた日常のあらゆることが今この地球においてはまさに奇跡の連続なのだと知った。
 途上国と呼ばれる国々の現状、内戦下の地域に住む人々の生活。家のない暮らし。劣悪な環境の中で過酷な労働を強いられている子供たち。信じられなかった。こんなにも多くの人々がごく普通の生活ができないでいるなんて。
 こんな現状を知ろうともしてこなかった自分を私は恥じていた。自分のことだけを考えてきた人生だった。
 でも私たち日本人がこの当たり前の幸せに気づいて心から感謝して生きられるようになったらきっと世界を変えられる。そのために私にできることは何でもやりたい。世界中の人たちがこの当たり前の生活を享受できて、みんなが幸せだと心から感じながら生きられる地球にしたい。どうかこの者をお使いください。
 私は心からそう願い祈って眠りについた。

 初めは夢だった。
 中学まで住んでいた小さな村。私は通学で使っていた橋の上を歩いている。すると上空に小型の宇宙船が現われ、そこから「愛を実践しなさい」という少し厳しい口調の声が聞こえてきた。橋の途中で誰かが落ちそうになり、私はその人を助けた。
 巨大な宇宙船が屋根の上空に現われた。私は布団の中にいて、それを見上げていた。もう夢からは覚めていたと思う。
 私の意識が静かに体から抜け出して宇宙船に吸い込まれるように上昇していった。
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 上昇していくと同時に、その宇宙船から太陽のように光輝くオレンジ色のローブを着た存在がスーッと降りてきて、私はそれとひとつになった。光そのものでありながら同時に意識を持っている偉大な存在のように感じた。その瞬間、私は人間という制限された小さな自己から完全に解放された。経験したことのない圧倒的な愛のエネルギーそのものになり至福の感覚に包まれた。私という個の視点はあるものの圧倒的な愛の中では完全にそれとひとつになり、どこまでが自分なのかわからなくなった。

 全てでありながら同時に個でもあるという感覚。分離されているものが何もない状態。ただ愛だけの自己でいるという強烈な感覚に圧倒された。

 (あー、私がこれをどんなに否定しようと拒否しようと遠い昔からずっと、そしてこれからも永遠にこの愛の中で生きていくんだ。切り離されていたことは一度もなかったんだ)
 たくさんの人生を生きてきただろう自分を思い、私はそう心の中でつぶやいていた。
 個の私が理解できたのはおそらくほんの一部だけだったと思う。それでもあの瞬間、私は生きとし生けるもの全てが大いなるただひとつの存在から創造されたこと、そして誰もが愛の中で生かされていることを知った。
 時間が流れている感覚はなかった。ただ「永遠」という未知の感覚が私の全身を貫いていた。それがワンネスと呼ばれる体験だったことを私はずっとあとになって知った。
 意識が肉体に戻され、私は静かに目を開けた。心臓がバクバクしていた。何が起こったのか理解できなかったものの、とんでもないことが起こったのだということだけはわかった。全身には微弱な電流のような心地いいエネルギーが流れ続けていた。たった今起こったことに家族の誰も気づかずにぐっすり眠ってることが不思議だった。

 目に見えない世界に気づき始めたばかりの頃の体験。強烈な体験だった。至福の体験ではあったけれど、それ以来、私は帰りたいというどうしようもない望郷の念に捕まったまま何年もこの窮屈な現実界と幽界と呼ばれる世界を行ったり来たりするようになっていった。本当のことを言えば、今でもたまに「もう充分、早く帰りたい」という思いがあふれ出して苦しくなってしまうことがある。あの体験から実に10年以上、私は心の中で「どうか早くそちらに帰してください」と祈り続けていた。やさしい主人にかわいい子供たちがいて、この世的な幸せを充分に味わっているはずなのに、自分でもどうしようもなくせつなくなることがよくあった。
 長い間(過去世も含めて)内側にためこんできた重苦しい感情エネルギーを解放させない限り、向こう側へ帰ってもまた生まれ変わってやり直すことになるだけなんて、あの頃は知らなかったから。ただ光に満ちた繊細な領域に戻りたい、その思いだけを握りしめていた私。制限された人間意識特有の自我(エゴ)。
 でも間違っていたとかそんなこと思ってはいけなiとは思わない。ただ「苦しかったね、でも大丈夫。必ず制限された人間意識を体験しつくしたことを心から誇りに思える時がくるから
 そう自分に語りかけては心の中でそっと抱きしめてあげる。

 今この瞬間、「ここから消え去りたい」という思いに捕まって身動きできないで苦しんでいる人たちの内側にもどうか届きますように。聞こえますかー?ヾ(o´∀`o)ノ 魂の故郷である精妙な光の世界に還りたいと思うのは自然なこと。だけど今ここに生きているということは私たちが自分で選択して生まれてきたということ。簡単じゃないことは充分承知の上で来たはずだから。
 今のこの人生で卒業できるようお互いあきらめずに進んでいきましょう。p(*^-^*)q

未確認飛行物体

 夕飯の支度をしていたある時、急に額のあたりがギューっとなった。そこに意識を向けるとなぜか空を見なきゃという衝動に駆られて、私はすぐに二階の部屋にかけ上がった。障子を開けると空はもう暗くなっていた。そのまま見上げていると、何もない空間からたくさんのオレンジ色の光が現れた。(オレンジ色に光る鳥の群れ?いや違う)よく見ると光は何かの物体についているライトのようだった。かなり大きい。(母船?)本を読んで以来、本当にUFOが存在するなら見てみたいとずっと思っていた。興奮してもいいはずなのになぜかあらゆる思考や感情が止まってしまったかのように、私はじっとそれを眺めていた。ほんの十秒くらいの出来事だったと思う。それは左側から右側へスーッと移動して静かに消えていった。(このまま進んでいきなさい)そう言われた気がした。それに私のことを見守ってくれている誰かがいるんだと思うと何ともあたたかい気持ちにもなった。

体験1

 ある晩、また意識が体から抜け出して天井あたりまで上がっていった。私は布団の中で眠っている自分の寝顔をその時初めて見た。(だらしない顔してなくてよかった)そう思った。そしてもっと遠くまで行きたいという衝動に駆られた。(宇宙まで行きたい。いや、月まで)どことはっきり指定した方がいい気がして、私は心の中でそう叫んだ。すると「今はここまで」というささやくような女性の声がした。(そっか、まだダメか)そう思ったとたん、私の意識はものすごい勢いで落ちていった。一瞬、床にぶつかるんじゃないかと思ったけれど、すんなりと肉体の中におさまった。(今のは誰?)誰かが私をサポートしてくれている、そんな気がして何だかうれしかった。

 こういう体験は脳のある部位が引き起こしている幻覚に過ぎないとも言われている。そう言われても仕方がない。でもきっとそう遠くない未来に、これらの現象が正しく解明されて誰もが目に見えない世界があることを思い出せる時が来る気がする。

 不思議な体験やただの夢とは思えない夢をたくさん見るようになり、私は記録しておかなくちゃと思い、日記をつけ始めた。もう20年以上それは続いている。ただ特にこの3,4年は霊的な体験はなくなり、書く内容は日常の出来事や日々の気づきが中心になっている。不思議な体験は刺激的で面白かったけれど、2013年以降はまるで計画されていたかのようにぱったりと何も起こらなくなった。
 拡大した意識と人間特有の制限された意識を融合させて生きなさい  ってことなんだろうと今は思っている。

 ~初めの頃の日記より~
 私の意識は宇宙空間から地球を眺めていた。漆黒の宇宙空間に浮かぶ青く光り輝く地球の美しさに私は圧倒された。日本の島国が見えてきた。すると左隣から誰かが話しかけてきた。賢者を思わせるような低くて深い声だった。「お前のその自信のなさにより、今生はあの小さな島国の北にある小さな村に生を受けることとなった。お前のパートナーになる者の名前は、、、」主人の名前かどうか確かめたくて耳を凝らしていると、なぜか声がフェードアウトして聞こえなくなった。(あぁ戻っていく)そして私は体の中で目を覚ました。まるで意図的に名前を聞かないようにされた気がした。

 横になるとすぐにまた全身が振動し始めた。そのままじっとしていると、額のところに微弱な電流のようなエネルギーが入ってきた。目を開けようと思えば開けられたけれど目を開けたら終わってしまう気がして、私はそのまま受けることにした。なぜかそれは家の外から私の額に向けて照射しているように感じた。 
 
 その後も何度か同じようなことがあった。いつもブーンという小さな振動音が聞こえていた。額から始まって左右のこめかみを通って頭の中を移動していた時はまるで何かの処置を受けているような気がした。毎回軽い金縛り状態になるので少し強引な気もして、私は心の中で(何なのよ、全く)と抗議したこともあった。でもなぜかやめさせようとは思わなかった。途中でやめさせたらきっと後悔する気がして。

声なき呼びかけ

 病院での体験はその後もふっと頭の中に入ってきては私の注意を引き続けた。育児も一段落し、半年ほど過ぎた頃だった。

 「今世界で何が起こっているのか知らなければいけない」とささやくようなことばが頭の中に入ってくるようになった。はっきりとした声が聞こえるわけではない。けれど確かにそれは私の頭の中に直接語りかけてくる声なきことばだった。初めは無視していた。世界で何が起こっているのかを知ったところで、今の自分に何か役に立つとは思えなかった。それに世界のことを考える余裕なんて私にはなかった。それなのにその声なきことばは日に日に無視できないほどに私の中で大きくなっていった。

 ついに私は「はいはい」と心の中で返事をしていた。病院で起こったことと何か関係がある気がしていたし、今私が世界で何が起こっているかを知ったところでそう困ったことになるわけでもないだろう。娘が生まれてからちょうど一年が経っていた。私は半年以上もその声を無視していたのだ。

 でもどうやって知れっていうの?今世界で何が起こっているかを私が満足する形で教えてくれそうな人は誰も思いつかなかった。当時は携帯もパソコンもなく、情報や知識は本で知るしかなかった。そう思った時ふと、図書館に行けば何かあるかもしれないという考えが頭をよぎった。本屋に行ったとしてもきっと自分は本なんて買わないだろう。でも図書館だったら買って損したなんて後悔することもない。私は二人の子を連れて、初めて地元の図書館まで自転車を走らせた。育児書と絵本以外、私はもう何年も本を読んでいなかった。図書館で本を借りたことさえ一度もなかったのだ。まさかあれほどたくさんの本を読む人生が訪れるなんてその時は思いもしていなかった。

 (何を借りればいい?)私は二人の子を連れて書棚の本を見て回った。そして何となくあるコーナーに惹かれ、そこに並んでいる本のタイトルを一冊ずつ見ていった。世界で何が起こっているのかを教えてくれる本、、、すると、あるタイトルが目に留まった。
 「地球の大異変はなぜ起こるのか?」そんなタイトルだった。著者はもちろん知らない名前だったけれど、工学博士という肩書がついていた。へんな宗教の本じゃなさそうだ。異常気象とか地球温暖化ということばを私はまだ知らなかった。そのことが広く知られるようになったのはそれから何年も経ってからのことだ。
 私は迷うことなく、その本を手に取って受付に向かった。

 まさに晴天の霹靂だった。その本を読み終える頃にはそれまで受け入れていた常識や価値観がガラガラと音を立てて崩れ去っていた。同時にとんでもないことを知ってしまったと震えてもいた。
 ごく普通の現実的なタイトルとは裏腹に、その本には死後の世界とかこれから地球がどうなっていくのかとか、さらにはUFOや宇宙人の話まで書かれていた。私が病院で体験したのは幽体離脱と呼ばれる現象で、信仰心があるなしに関係なく、世界中の人々が体験しているらしかった。
 やっぱりあれは夢じゃなかった。しかも地球の人々が自らを破滅に追い込まないように、進化した星の人々が地球の上空にいて見守っている?、、、宇宙人って、、、まさか!
 そんな話今まで一度も聞いたことがなかったし、あまりにぶっ飛んだ内容ではあったけれど、なぜか私には(これは本当のことだ)と思えた。そして自分が体験したことと同じような体験をしている人たちが世界中にいることを知り、それが何よりうれしくて大いに慰められた。その人たちはみな目に見えない世界が本当に存在し、人は死んでもそれで終わりではないと証言し始めているらしい。そういう人たちの証言を世界中から集めて研究している学者もいるという。

 もっと知りたい。目に見えない世界って?死後の世界ってどんなところ?
 私は図書館に通い始めた。目に見えない何かに導かれているような何とも不思議な気持ちに駆り立てられていた。それまで全く興味も関心もなかった未知の世界。こんなに何かについて知りたいと思うことがこの人生で見つかるなんて。

 世界で認知されている宗教関連の本も次々と借りて読んだ。今みたいにスピリチュアル関連の本は当時まだ少なく、目に見えない世界の話を語っているのは宗教が主流だった。キリスト教、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教。表現に違いはあっても結局私にはどの宗教も「お互いを尊重し、愛し合いなさい」という教えが基本になっているように思えた。
 それなのにどうしてみんな争いをやめないのか?とはいえ、それまでの私は他の国のことには全く関心がなく、世界中のあちこちで内戦と呼ばれる戦争状態が続いていることさえ知らなかった。

 そしてその頃、あるテレビ番組で偶然マザーテレサを知り、彼女に関する本も図書館で見つけた。自分と同じ時代を生きている彼女の生き方に私は衝撃を受けた。ガンジーやダライラマの本も私の心を大きく揺さぶった。どの本を読んでも涙が止まらなくなった。自分の幸せだけを考えてきた自分を心底恥ずかしいと思った。
 死後の世界の話が書かれた本はまだまだ少なかったけれど、それらしい内容が少しでも書かれているものは手当たりしだい借りて読んでいった。ただしいつも私は自分にこう言い聞かせていた。
 本当かどうかわからないことはこういうこともあるかもしれないくらいに思っておこう。信じていることと知っていることは違うのだから。

 そのうち、まるで私の思いや行動がある種のゴーサインになったかのように不思議な体験が起こり始めた。
 だいたいはうとうとし始めた時にやってきた。横になって目を閉じたとたん、待ってましたとばかりに起こることが多かった。
 全身が小刻みに振動し始めたり、体の中をものすごいエネルギーが走り出して体が動かなくなったりした。それで終わる時もあれば、ラジオの周波数を変える時のガガガーッという音のあとに意識が体からスーッと抜け出すこともあった。
 こわくはなかった。むしろ私はそれを待ち望むようにさえなっていた。なぜならそれらの体験はとても心地いい感覚を伴っていたから。窮屈な肉体から抜け出した時のあの解放感は地上では決して味わえないものだった。

死は終わりではなかった

 あの体験がいったいどういうことなのか知りたいという思いはあったものの、二人の子の育児に追われて毎日があっという間に過ぎていった。それでもふとした時に、あの時のことが何度も脳裏によみがえった。

 人は死んでもそれで終わりじゃない。だって私は確かに体から離れたのに何かを考えたり観察している自分をちゃんと意識していたのだから。

 人は死んでもそう悪いところに行くわけじゃない。体から抜けた時に感じていた軽やかで安らかな感覚を思い出すたびに、私は幸せな気持ちになった。それは経験したことのない一種の安心感のようなものだった。
 誰かに信じてもらう必要はなかった。体験しなければこんなこと信じられるはずがない。あの体験をするまで死というものは私にとって恐怖以外の何物でもなかった。だけど死んでそれで終わりじゃないなら死ぬことを必要以上に恐れることはないのだ。
 ずっと心の奥の方に閉じ込めてきた得体の知れない不安や恐れがスーッと消えていった気がした。

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