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ひろ

Author:ひろ
「ぼくたちは移行期の地球をサポートするために生まれてきた」(彩雲出版)の著者

神奈川在住 二児の母 出産時に幽体離脱体験を経験。目に見えない世界が存在することを受け入れた時から不思議な体験が始まり、目に見えない世界の探求を始める。

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初めての体験

 1991年6月、私は二人目を出産するために大学病院の産婦人科の分娩台に横たわっていた。麻酔分娩。私は看護師さんが数を数え始めるのを聞いていた。
 「ガガガーッ!」(何?)ラジオの周波数を合わせるような音が耳をつんざいた。その直後、私は日が暮れる前の物寂しい雰囲気が漂う公園にいた。(あれ?私ここ知ってる。お兄ちゃんが生まれた時に見たのかな?それとも私が生まれた時に来た?)
 記憶はないけど、そこは確かによく知っている場所だった。

 目の前にすべり台があった。見ていると、上の丸い穴から二人の赤ちゃんが次々に出てきて、左右に分かれたすべり台から一人ずつ泣きながらすべり下りてきた。二人とも女の子で、向かって左側からすべり下りてきた子がなぜか自分の子なのだとわかった。
 (とうとうあなたもこっちにやってきたのね。向こうにいたままでもよかったのに。こんな大変な世界に降りてきちゃったのね。)
 その時の私はなぜかその子が向こうの世界から降りてきたことを知っていた。

 「女の子ですね」という看護師さんの声が聞こえてきた。カチャカチャと処置している器具の音が聞こえている。(うわっ!もう麻酔切れてる?)でも体の感覚はまだ戻っていない。(全身麻酔ってみんなこうなの?)聴覚だけが戻っていた。
 処置が終わり、ストレッチャーに乗せられて私は分娩室の外に出された。その日は私のほかにも出産する予定の妊婦さんたちが何人かいたのだ。ストレッチャーで運ばれる途中、看護師さんが耳元で私の名前を何度も呼びながら「聞こえますか?」と声をかけている。そんなに大きな声で言わなくても聞こえているのにと思うものの体の感覚はまだなく、目も開けられなかった。

 看護師さんが行ってしまい、私はストレッチャーに乗せられたまま、ぼんやり天井を眺めていた。(昔両親がやっていた喫茶店の天井の模様と同じだ。なつかしい、、、あれ?目を閉じてるのに天井が見えてる?)そう思った次の瞬間、私の意識がひょいっと体の上の方に抜けてしまった。

 (ええ!私死んじゃったの?)自分がたった今死んでしまったのかと一瞬焦った。(いや、そんなはずない。何の問題もなく私は女の子を産んだんだから)私はそう自分に言い聞かせた。それに、こうしていろんなことを考えたり感じたりできているのだから、死んでしまったはずはない。だけど私の視点は確かに体の少し上の方にあった。

 (それにしてもなんて気持ちいいんだろう)今まで感じたことのない種類のやさしくてあたたかなエネルギー。 (このまま向こうに帰れなくてもいいかなあ)思わず私は心の中でそうつぶやいていた。
 (でも、、、)何かが私の気持ちを引き留めた。(そうだ、私女の子を産んだんだ。私がいなかったら誰があの子を育てるっていうの?今死ぬわけにはいかない)そう思ったらあわてた。(戻らなくちゃ!でもどうやって?)

 形のないものを肉体という物質の中にいったいどうやって戻したらいいのか見当もつかなかった。それでもとにかく戻らなくちゃと無我夢中で、あれこれやってみた。時間にしたらほんの数分の出来事だったかもしれない。そうしているうちに、何がうまくいったのかわからなかったけれど、意識がスーッと体の中に戻ったのがわかった。

 体の中におさまった瞬間、真逆の二つの思いに襲われた。戻って来られたという安堵の思いとまたこの窮屈で重たい体の中に閉じ込められてしまったという強烈な拒否反応。この世界はよく知っている慣れ親しんだ場所ではあるけれど、ここにいる限り本当の自分ではいられない、そんな理解に苦しむ強烈な不快感に私は圧倒されていた。

 そして、新生児室に我が子を見に行った時、私はあの時すべり下りてきたもう一人の赤ちゃんを見つけた。我が子とその隣にいた女の子のプレートに書かれた出生時間は一分違いだった。やっぱりあれは夢じゃなかった。
 それにしても、、、赤ちゃんが無事この世に生まれたということは祝福されるべき喜ばしいことのはずなのに、どうしてあんな風に思ったんだろう?しかも待望の女の子、、、自分でもなぜなのかわからなかった。
 それに、あの時の私はこちらの世界ともう一つの世界が同時に存在していることをなぜか当たり前のように知っていたのだ。
 夢ではないという確信はあった。でももちろん、それを証明することはできないということもわかっていた。

 忘れようと思っても決して忘れることのできない体験だった。
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